「ええっ⁉」穂香が叫んだ瞬間、風景が変わる。【同日 昼/教室】(朝の校門から、お昼休みまで飛ばされてる)隣の席のレンが、「さっきのは、どういうことですか?」と深刻な顔をした。「それが……。校門がバラで飾られていたから、文化祭用の飾りだと思いこんじゃって。まさか、他の人には見えてないなんて思わなかった」「なるほど。そういうことなら、仕方ないですね。あなたが、急に先生に話しかけに行ったので驚きました」バラが見えていないレンからすれば、穂香の行動はおかしく見えただろう。「驚かせてごめんね。ねぇ、レンには見えていないってことは、穴織くんの専門だよね? 放課後、先生に会う前に、穴織くんに相談したほうがいいかな?」「そうですね……」穂香が教室を見回しても、穴織の姿はない。「そういえば、穴織くん。朝から見てないね。今日はお休みかな?」「どうでしょうか……」いつもより、レンの反応が薄い。「どうしたの? 大丈夫?」「私は大丈夫ですよ」「でも、何か悩んでいるように見える」レンは、ため息をついた。「違いますよ。ただ、今回は私があなたの恋愛候補なのに、次から次に穂香さんの別の恋愛相手候補が関わってくるのはなぜだろうか、と思いまして」「それって、おかしいことなの?」「それが、今まで穂香さんと私で恋愛しようとしたことがないので分からないのです。でも、引っかかりますね。いい気分ではありません」そう言うレンの顔は険しい。「もしかして、レン、怒ってる?」ハッとなったレンは「別に、嫉妬ではないですからね!?」と頬を赤く染めた。「大丈夫、分かってるよ。レンは、研究のために私の側にいてくれているんだよね」緑色の瞳が大きく見開く。「それ、本気で言ってます?」「え、うん」「自分で言うのもなんですが、こんなに分かりやすい態度を取っているのに?」きょとんとしている穂香を見て、レンは盛大なため息をついた。「あなたが、これまで何度も何度も恋愛に失敗してきた原因が、たった今、分かりましたよ」「え? 何?」「ものすごく鈍いからですよ!」「やっぱり怒ってる!」「怒ってないです。あきれてはいますが」メガネを外したレンは、頭が痛そうに目頭を押さえた。メガネを外したレンを見たのは、夢の中だけなので新鮮に感じる。「レンって、メガネかけててもイケメンだけど、外
【同日 放課後/教室】(もう放課後になってる……)クラスメイトは帰宅したようで、教室には穂香とレンしかいない。穂香はため息をついた。「結局、穴織くんに会えなかったね。もう、先生のところに行くしかないか」覚悟を決めた穂香は、職員室へと向かった。そのあとをレンがついてくる。「私も一緒に行きます」「えっ、ありがとう、嬉しい!」そんな会話をしていると、バッタリと松凪先生に出会った。「おっ、いたいた。高橋も一緒か。ちょうど良かった。生徒指導室に行くぞ」【同日 放課後/生徒指導室】穂香が「私、生徒指導室なんて初めて入った」とつぶやくと、レンが「私も、生徒指導室に連れていかれるあなたを見るのは初めてですよ」と教えてくれる。(ということは、レンから見れば、本当に今回は今までにないことばかり起こってるんだね。大丈夫かな……)生徒指導室の中には、教室に置かれているものと同じ机と椅子が並んでいた。先生は、それを三つくっつけてから「とりあえず座れ」と言う。穂香とレンが並んで座ると、先生は向かいの席に腰を下ろした。「まず初めに言っておくが、俺はおまえたちの敵じゃない」「は、はい?」驚く穂香に、レンは「とりあえず、彼の話を聞きましょう」と耳打ちする。(そういえば、レンからの情報によると、先生って確か『世界で一番強い人間』だったよね?)穴織や生徒会長とはまったく違う情報だったので、違和感があった。(先生って何者?)先生の声は、とても落ち着いている。「おまえたちが、何に巻き込まれているか俺には分からない。……まぁ、主に巻き込まれているのは白川だろうなということは分かるがな。相談しろと言われても、俺のことを信頼できないだろうから、まずは俺の素性から話そう」一呼吸おいた先生は、まっすぐ穂香を見つめた。その表情にはいつものダルさがない。「俺は、別の世界で魔王を倒した元勇者だ」ポカンと穂香が口を開けると、先生はウンウンとうなずいた。「白川が、そんな顔になる気持ちも分かる。俺も、この年で『元勇者』とか自分で言ってて、ものすごく恥ずかしい。だが、事実だから仕方ない」レンが「ということは、先生は別の世界から来た人ということですか?」と質問すると、先生は首を左右にふった。「いや、そうではなく、高校生のときに異世界に召喚されたんだ」「そこで、勇者として魔王を倒
これで、穂香の恋愛候補だった三人の正体が分かった。(たぶん、この学校の怪異を解決するために、穴織くんに依頼したのも、生徒会長の叔父さんだよね?)恋愛候補達は、まったく関係がないように見えて、水面下では複雑に繋がっている。(そんな偶然ある?)穂香がレンをチラッと見ると、レンも何か気になったのか考え込んでいるようだった。静かになってしまった二人に、先生が声をかける。「どうだ? 俺のことを信用できそうか?」「あ、はい」と、穂香はうなずく。(先生は恋愛候補だから、悪い人ではないって分かっていたけど、ここまで話してくれたらさすがに信用できる)穂香が「実は……」と話そうとすると、レンがさえぎった。「私が説明します」レンは、穂香が【恋愛ゲームの世界に閉じ込められている】こと、そして、【恋愛相手に決められた人から告白されないと、その世界から脱出できないこと】、【条件をクリアできるまで、何度もやり直しをさせられていること】を説明した。(このままじゃ人類が滅亡してしまうことは、先生に言わないのかな? レンに何か考えがあるのかも?)穂香が黙っていると、レンの説明を聞き終わった先生は、「なるほどな」と腕を組む。「ようするに、空間が切り取られてしまっている状態で、俺達がその中に閉じ込められているんだな。その影響で、白川は見えないものが見えていると」「まぁ、正確には違うのですが、そのように理解していただいて大丈夫です」「俺にできることは?」「もし、穂香さんが危険な目に遭ったら助けてほしいです」「分かった。あとは、おまえ達の恋愛を見守っておけばいいんだな」レンの顔がカァと赤くなる。「違ったか? 高橋が白川の恋愛相手なんだろう?」「そ、そうですが……」「なら、おまえが白川に告白したら解決か。この様子だと、けっこう早く解決しそうだな」先生は笑いながら、腕時計を見た。「今日はこれで解散だ。俺に相談したいことがあったら、いつでも頼ってくれ」穂香とレンが席を立つと、風景が変わった。【同日 夜/自室】(学校から、家に帰ってきてる)穂香の向かいにはレンが座っていた。「ねぇ、レン。どうして先生に、このままだったら人類が滅亡することを言わなかったの?」レンはメガネを指で押し上げた。「穂香さんは、私達未来人がどうして恋愛ゲームの世界を作るなんて、遠回りな
レンの言葉が理解できず、穂香は首をかしげた。「正解って、皆と友達になればいいってこと?」「そうです。穂香さんの才能について、私が話したことを覚えていますか?」「えっと…」穂香はレンの言葉を思い出す。「確か、レンがいる未来では、すべての人に必ず突出した才能や、神がかり的な能力があることが証明されていて、私の才能は【私が選んだパートナーを、最高に幸せにできる】だったよね?」「そうです。ですから、未来では、人類を滅亡させない相手と穂香さんをくっつけようとしていました」「じゃあ、友達じゃダメなんじゃない?」「2%」「え?」緑色の瞳は、どこまでも真剣だ。「人類滅亡の原因を作ってしまう穂香さんを、未来人達が消すことができなかったのは、あなたがいなくなるとこの世界の幸福度が2%も下がるからです」「あー……。そういえば、そんなことも言ってたね。よく分からないけど」「これは、言い換えると、あなたと関わるすべての人は、大なり小なり幸福を感じているということになります」「は? それはさすがに嘘だよ。だって、私、今のクラスに友達がいなくて困ってるのに……」穂香としては、自分と一緒にいて幸福を感じられるのなら、友達がたくさんいないとおかしい。「穂香さんの才能は他人を幸せにすることなので、自分が幸せになるには自分で頑張るしかありません」「な、なんて使えない才能なの⁉」「そうでもないですよ」レンは、指でメガネを押し上げた。「私は今まで、恋愛のサポートをしようとしていたので、穂香さんが恋愛候補と交流するとき、私はその場にいませんでした」「どうして?」「どうしてって……。異性の幼なじみとべったり一緒にいる女性を、恋愛対象に見るのは難しくないですか?」「それは、そうだね」レンなりに、穂香の恋愛が成功するように、気を使っていてくれたようだ。「しかし、今回は私が穂香さんの恋愛相手なので、ずっとあなたの側にいました。そして、つい先ほど気がついたのです」「何を?」「あなたが、どのようにして、他人を幸せにしているのかを」穂香はゴクリとつばを飲み込む。「まだ仮定の段階ですが、おそらくあなたは【相手の人生を良い方向に進ませる言葉】を発しています」「そんなこと言ってないよ?」「もちろん、あなたは無意識です」レンは、穴織にイケメンと教えたことや、先生に『
『罪人』という言葉を聞いた穂香は、頭が真っ白になった。「え?」「これからお話しすることは、決してあなたの責任ではありません」「う、うん?」レンの顔は見えないが、穂香の耳元で囁かれる言葉はどこか不安そうだ。「どこから説明したものか……。人類滅亡のきっかけをつくったあなたの夫は、多くの功績を残して科学者となりました。その影響なのか、子孫たちもまた科学者になることが多く、優秀な科学者を輩出していくことになります」「科学者? レンと一緒だね」レンは静かにうなずいたあとで、話を続けた。「そう、一緒なのです。あなたの夫の姓は、高橋。数百年後の未来でも、高橋一族は優秀でありつづけ、有名な科学者一族になっています」「……ん? 高橋って……。たしか、レンの名字も……」「そうです。私は、数百年後の未来から来た、あなたの遠い遠い子孫にあたります」「え?」「以前に私が未来から監視を受けているとお話ししましたね?」「う、うん」レンは未来から監視されていて、穴織からお守りを貰うまで、発言や行動を制限されていた。穂香は、『監視だなんて、未来ってけっこう物騒だね』とレンに言ったことがある。「私の時代の高橋一族は、人類滅亡のきっかけをつくってしまった罪人として常に監視されています。そして、人類滅亡を防ぐための研究を強制的にさせられているのです」「そんな……。だとしたら、私のせいで、レンが……」穂香を抱きしめるレンの腕に、力が込められる。「あなたのせいではありません」「で、でも!? 私のせいで、レンは今ここにいるんだよね? やりたくもない恋愛ゲームのサポートを延々とさせられて! 私がうまくできなかったから、何回も何回もやり直して……」『お前のせいで、こんな目に遭っているんだ』と、恨まれていても仕方ないと穂香は思った。それなのに、レンはいつでも穂香に優しくしてくれる。「大丈夫です。大丈夫ですから」まるで子どもをあやすように、レンは穂香の背中をポンポンと優しく叩いた。「レンは、今まで、どんな気持ちで……私の側に? 私のこと、憎くないの?」穂香の耳元で、レンがクスッと笑う。「本当のことを言いますが、どうしようもないことと分かっていても、初めは少しだけ、あなたのことを恨んでいました」「やっぱり……」「でもね、一緒に行動していたら、すぐにそんな気持ちはなく
「失礼します」穂香が職員室に入ったとたん、真っ青な髪が穂香の目に映った。(とりあえず、松凪先生に相談しよう)穂香の頭の中では、昨晩、レンから聞いた言葉がずっとぐるぐる回っている。――あなたが幸せにするパートナーを1人だけに絞らず、ものすごく優秀で、多方面に影響力がありそうな穴織くん、生徒会長、先生の三人を、同時にできる限り幸せにしたら、すごいことが起こりそうじゃないですか?(だったら、私は勝手に先生と生徒会長と穴織くんを【レンを最高に幸せにするためのパートナー】に決める! 私のパートナーになったんだから、三人とも多少は幸せになるはず。幸せになれたら、協力してくれるよね?)穂香は、青い髪を目指して職員室の中を歩いた。「先生、おはようございます」「お、白川か。おはよう。朝からどうした?」机に座っている先生は、いつものダルそうな雰囲気で、忙しくはなさそうだ。(昨日の話し合いのときは、別人のようにキリッとしていたのに)レンに深い事情があるように、先生にもいろいろ事情があるのかもしれない。「先生、相談があるのでのってもらえませんか? 今すぐ!」「今すぐ!?」時計を見た先生が「まぁ、15分くらいならいいぞ」と立ち上がると風景が変わった。【同日 朝/生徒指導室】(職員室から、昨日来た場所に飛ばされてる)先生は、「時間が少ないから早く座れ」と穂香を急かす。向かい合って座ると、「で? 何を相談したいんだ?」とさっそく本題に入った。(レンは、確か私達は、同じ一族で、生まれた時代が違うから一緒にいられないと言っていたよね?)穂香は、青い瞳をまっすぐ見つめる。「先生、同じ一族っで、どれくらい離れていたら結婚できますか?」「それって親戚関係とか、そういう話か? だったら、この世界の日本では、3親等離れていたら問題ないぞ」「3親等って?」「いとこなら結婚できるってことだ」「ということは、何百年あとに生まれた人と恋愛や結婚しても何も問題ないですよね?」「どういう設定の話か、まったく分からんが……。そうだな、3親等以上離れているから法律的にも医学的にも問題ない」(ということは、同じ一族なのは問題じゃないんだ。じゃあ、時代が違うからが、一番の問題だよね?)確かに、現代人と未来人が一緒になるのは難しそうだ。(でも、私が【パートナーを最高に幸せに
【同日 朝/教室】(生徒指導室から、朝の教室に飛ばされてる)教室内には、真っ赤な髪の穴織と、鮮やかな緑色の髪のレンがいた。穂香は、穴織に挨拶をしたあと、レンの側に行く。「穂香さん、どこに行っていたんですか?」「先生に会ってた」「先生に?」「うん。ほら、昨日レンが『このまま恋愛候補の三人と仲良くなろう』って言っていたでしょう?」「言いましたが……」「ダメだった?」「ダメじゃないのですが、その、私以外の男性と二人きりで会うのは、少し妬けます」レンの顔は、真っ赤に染まっている。(こんなことで焼きもちやくほど、私のことが好きなのに告白できないって、やっぱりおかしいよ……)レンにつられて赤くなりながら自分の席についた穂香は、隣の席に座っているレンに話しかけた。「あのね、先生の問題を解決したいんだけど、どうしたらいいと思う?」穂香では解決策が思いつかないが、頭がいいレンなら何か思いつくかもしれない。レンは「そうですね。恋愛候補の問題を解決したら、もっと仲良くなれますものね」とうなずいた。穂香が先ほど先生から聞いた話を、レンに伝えると、なぜかレンは首元からお守りを取り出す。「それって、異世界からの呪いなんですよね? じゃあ、別の世界から現代に影響を与えようとしているということで、穴織くんのお守りで解決できるんじゃないですか?」穂香は息をのんだ。「言われてみればそうだね!? レン、天才すぎるよ」「褒めても何もでませんよ」と言いながら、レンは照れている。勢いよく立ち上がった穂香は、「穴織くーん!」と手をふった。振り向いた穴織は、「白川さん、どしたん?」と言いながら、こっちにくる。「穴織くんのお守り、もうひとつほしいんだけど、いいかな?」「ええけど、何に使うん?」そのとき、教室に青い髪の先生が入ってきた。「席につけー」穂香は穴織に「あとで説明するね」と伝えると、風景が変わる。【同日 昼休み/廊下】(朝の教室から、お昼休みまで飛ばされてる)穂香の側には、穴織とレンがいた。周囲に他の生徒の姿はない。穴織が「そんで、お守りは何に使うん?」と穂香に尋ねた。「実は、松凪先生に渡そうと思っているの」「先生に? なんで?」「それは……。私から話していいのか分からないから、くわしくは言えないの」「ふーん」と言いながら、穴織は穂香の手
「化け物に近い?」そう呟いた穂香に、穴織は「そうそう」とうなずく。「といっても、急に俺が白川さんに襲いかかるとかはないで? でも、化け物退治の能力が強すぎると、心身への負担が大きくてな。長く生きられへん者が多いんや」穴織の胸ポケットから、しわがれた声がする。『涼の言う通り、今の我が一族は皆、短命でな。生き長えたとしても、年齢と共に感情が希薄になっていき、30歳を迎える頃には感情をなくして、化け物退治だけをする人形のようになってしまう』「どっちに転んでも、死んだも同然や」そう呟いた穴織の表情は暗い。「そんな……」それは、穂香の想像を遥かに超える深刻な状況だった。(まさか、穴織くんだけじゃなくて、一族全体の問題だったなんて……)穴織は言葉を続ける。「解決策を長年探してきたけど、まだ見つかってないねん。ここ数年の対策としては、化け物退治の能力を薄めるために、一般人との結婚を推奨されてるけど……。効果が出るのは、何十年も先や」話す武器は、『特に涼は、先代当主であるワシをも超えているのでは?と、言われるほどでな。一族の中でも、飛びぬけて能力が高い。このままでは、短命や人形化は避けて通れぬだろう』と淡々と告げる。「そういうことやねん。だから、せめて学生の間くらいは、笑って楽しく過ごそうと思ってるんや」すべてを諦めたように小さく笑う穴織に、穂香の胸は締めつけられた。(こんなの、私がどうにかできることじゃないよ。でも、あれ? ついさっき似たような話を聞いたような……?)穂香は、先生が【魔王の呪いが進行していくと、身体を乗っ取られて、自分が魔王になってしまう】と言っていたことを思い出した。(状況はぜんぜん違うけど、最終的に自分がなくなってしまうのは一緒だよね?)そして、先生は、神々の祝福で呪いを防いでいるとも言っていた。(もしかしたら、先生が持っている神々の祝福で、穴織くんも助かるかも?)穂香は、「あのね、穴織くん。ちょっとだけ気になることがあるんだけど」とためらいながら話す。「なんでも言って。白川さんには悪いけど、元から期待してないし」そう言った穴織の言葉には、優しさが含まれていた。穂香が解決できなくても、気にしなくていいと言ってくれている。「じゃあ放課後に時間をもらっていいかな? 会って欲しい人がいるの」「分かった」穴織がうなず
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」
穴織は、穂香の腕をつかむと、人がめったに来ない非常階段の踊り場まで連れて行った。「何が目的や?」冷たい声だった。「お前……白川さんに成り代わってんのか? それとも、『白川穂香』なんていう生徒は、初めからおらんかったんか?」「え?」穂香が、戸惑いながら穴織を見つめると、サッと視線をそらされた。「ほんま、最悪や。警戒していたはずやのに、いつの間にか心を許して、友達やと思ってた……」胸ポケットからは『むしろ、それ以上の好意が芽生えそうじゃったからな。いや、もう手遅れか? 最悪の初恋じゃのう』とのんきな声がする。無言で胸ポケットを叩いた穴織は、ハッとなった。「もしかして、ジジィの声も、ずっと聞こえてんのか?」穴織は、胸ポケットから光る武器を取り出した。小さくなっていた武器は、取り出したと同時に元の大きさへと戻る。「どこからが計画や」穂香が一歩、後ずさると、穴織は一歩近づく。「どうして、俺に近づいた? 早く言わんと……」壁際まで追い詰められた穂香は、穴織から放たれる殺気のようなものに圧倒されて声すら出せない。(い、言わないと、殺される!)なんとか声を絞り出す。「……ぁ、わ、私……」穂香は、自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていることを話した。
【同日 朝/生徒会室前】(生徒会室までとばされてる)生徒会室の扉もバラの花で飾られていた。(穴織くんは、中にいるのかな?)穂香が生徒会室の扉をノックしようとすると、背後から口をふさがれ、後ろに引っ張られた。すぐに耳元で「なんで来たん! 白川さん!」と怒った声が聞こえる。「穴織くん? だって」「だってやない!」穂香が素直に「ごめんなさい」と謝ると、穴織は「あっいや、俺もごめん」と言いながら拘束を解いてくれた。「そりゃ気になるよな。ちゃんと説明できんくてごめん」どこか悲しそうな顔をしている穴織に、「ううん、私のほうこそごめん」と再び謝る。「俺な、ちょっとやらなあかんことがあって……。白川さんを巻き込みたくないねん」「……分かった」穂香は、もう一度「ごめんね」と伝えると、その場をあとにした。とたんに風景が変わる。【同日 朝/3階廊下】(学校の3階に飛ばされてる?) 3階には、3年生の先輩方のクラスがある。(どうしてこんなところに?)不思議に思って辺りを見回すと、黒髪の女子生徒がおまじないの紙を握りしめていた。(あの先輩も、おまじないをしたんだ)きっとおまじないに頼りたくなるくらい好きな人がいるのだろう。(女子生徒って久しぶりに見た気が……あれ?)恋愛相手しか見えないこの世界で、女子生徒が見えるという違和感。(見えるということは、あの先輩はモブじゃなくて、重要なキャラってことだよね? でも、恋愛相手ではないということは……)穴織は、おまじないをこの学校に広めた人物を探している。そして、穂香がその犯人候補になっていた。(私は無実だから、じゃあ、この先輩がおまじないを広めた人ってことなのかな?)そうではなかったとしても、重要な人物には変わりない。穂香は先輩に気づかれないように、そっとその場を離れて穴織の元へ向かった。まだ生徒会室前にいた穴織に駆け寄り「怪しい人を見つけたよ! 3年の先輩で」と急いで報告する。この時の穂香は、犯人らしき人を見つけた喜びで頭がいっぱいになっていた。戸惑う穴織の腕を引っ張り、先ほどの先輩がいた教室の近くへと連れていく。黒髪の先輩をこっそりと見せると、穴織の胸ポケットから『わずかだがあの娘から瘴気が溢れておる』と聞こえたので、穂香は嬉しくなった。(これで私が無実だと証明できたかな? お役に立てた
【同日 夜/自室】(学校の教室から、夜の自室までとばされてる。これは、もう早くおまじないをしろってことだよね)穂香の目の前におまじないをするかしないかの選択肢が現れたが、迷うことなく「する」を選んだ。(確か、この紙を枕の下に入れて寝るんだっけ?)枕の下におまじないの紙を入れてから、穂香はベッドに仰向けになった。これで好きな人の夢が見れるらしい。(そんな都合のいいことが……。たぶん、起こるんだろうなぁ、ここは恋愛ゲームの世界だし)目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。*【夢の中/教室】(あっ、無事に夢が見れたみたい)教室には、穂香の他にもう一人いた。(誰だろう?)真っ白な服に、同じく真っ白な帽子をかぶっている(軍服のような、着物のような……)白い軍帽の下では、長い赤髪が風に揺れていた。切れ長の赤い瞳に冷たい横顔。それは、確かに見覚えがあった。「もしかして、穴織くん?」穂香の問いかけに反応して、こちらをふり返った人は、確かに穴織の顔をしている。しかし、その顔からは表情が抜け落ちていた。「えっ? 穴織くん、だよね?」うつろだった赤い瞳の焦点が、徐々に定まり「……白川さん?」と呟いたとたんに、いつもの穴織の顔になる。「どうして、白川さん
【同日 昼休み/教室】(朝の教室から、お昼休みの教室に飛ばされてる)穂香が教室内を見回すと、穴織が分かりやすく悩んでいた。いつもニコニコしている顔から笑顔が消えるだけで、だいぶ雰囲気が変わる。少し伏せられた瞳は切れ長で、その横顔は冷たそうだ。(さすが元無表情クールキャラって感じ)「穴織くん、難しい顔してどうしたの?」穂香の声で我に返った穴織は、すぐにいつもの笑みを浮かべた。「あ、白川さん……ちょうど、良かった……」ちょうど良かったと言うわりには、綺麗な赤い瞳が泳いでいる。穴織の制服の胸ポケットが淡く光り、話す武器の声が聞こえてきた。『涼(りょう)、何をためらっておる?』そのとたんに、穴織は胸ポケットを手で押さえる。(教室で急におじいさんの声が聞こえても、騒ぎになってないってことは、この声、普通の人には聞こえていないんだね)「白川さん。文化祭のことで話があるねんけど、ちょっといいかな?」穴織に手招きされ、穂香は一緒に廊下に出た。「白川さん、これ知ってる?」穴織が持っている紙は、たった今、穂香がレンからもらったおまじないの紙と同じだった。「あっそれ、女子の間で流行っている、おまじないに使う紙だよね?」「そう! 白川さんって……これやったことある?」「ううん、ないよ」穴織の胸
真っ赤な顔の穴織は、「白川さん。ちょっとそこで待っててくれる?」と言いながら、通路の角に駆けていった。しばらくすると、穂香の耳元に穴織の声が聞こえてくる。(え? この距離で声が聞こえるっておかしくない?)もしかすると、恋愛ゲームをうまく進められるように、ひそひそ話が聞こえるようになっているのかもしれない。穂香は、心の中で『穴織くん、立ち聞きしてごめん!』と謝った。「ジジィ、おいジジィ!」『朝からうるさいのぉ』穴織が『ジジィ』と呼んでいるのは、話す武器だ。「なんかおかしいねん! 俺、白川さんに魅了されてないか?」『はぁ? 穴織家の血を受け継ぐ者に、魅了術なんか効くわけあるまい』「そ、そうやんな……でもっ」『なにを小娘一人に動揺しておる? 前の学び舎には、もっと綺麗な娘がたくさんいたであろう?』「いや、あいつらは論外やで。急にケンカをふっかけてくるし、俺が勝ったら穴織家の血が優秀やから、俺との子どもが欲しいとか、めっちゃ気持ち悪いこと言ってくるし!」会話の流れでなんとなく穂香は、穴織が前の学校で美少女ハーレム状態だったことを察した。(穴織くん、モテモテだったんだ。でも、相手にしていなかったみたい。それって恋愛に興味がないってことだよね? そんな人とどうしたら恋愛できるの?)穂香の不安をよそに、会話は続いている。『その綺麗どころを片っ端から無視して、顔色一つ変えずに淡々と任務だけをこなし、冷徹機械人形と呼ばれていたお前が、今さら何をあせっておるのだ?』「そ、そうやねん! 今まで他人なんか気にしたことなかったし、今回も潜入のために『普通の学生』を調べて演じてただけやねんけど……。演じているうちに、普通の生活の楽しさに目覚めてしまったというか……」少し間を空けて、穴織の真剣な声が聞こえた。「白川さんと話してたら、俺、本当に普通の人になれたみたいで、なんかめっちゃドキドキする……」『まだまだ青いのぉ。浮かれて気をぬくでないぞ。あの小娘の正体は、まだ分かっていないんじゃからな』「そうやけど……いや、そうやな」穴織の言葉を聞きながら、穂香は『なるほどね』と納得した。(穴織くんは、今まで特殊な環境で生きてきたから『普通』に強く憧れているんだね。だから、ものすごく普通な私に、こんなにも好意的なんだ)よくできた愛され設定だと、穂香は感心する
風景が変わり、穂香の目の前に日付が現れる。【10月7日(木)朝/自宅玄関】「うわ!? 騒いでいる間に、次の日になっちゃってる!」 慌ててレンの姿を探しても見当たらない。「嘘でしょ!? 私を穴織くんと2人っきりで登校させる気なの⁉」昨晩『ようやく恋愛ゲームになってきました』と喜んでいたレンならやりかねない。穂香がおそるおそる玄関の扉を開けると、家の門付近に赤い髪の青年が見えた。(う、うわ……穴織くん、本当にいるよ)穂香がどうしたものかと悩んでいたら、こちらに気がついた穴織が人懐っこい笑みを浮かべて片手を上げた。「白川さん。おはよー!」「う、うん。おはよう……」穴織の爽やかさに圧倒されながらも、穂香はなんとか挨拶を返す。「じゃあ、行こうか!」そう言って穂香の隣を歩き始めた穴織は、本気で一緒に登校する気のようだ。【同日 朝/通学路】「……えっと。穴織くん、急に一緒に登校しようって、どうしたの?」穂香が思い切って尋ねると「え? 迷惑やった?」と逆に聞かれてしまう。「いや、迷惑ではないけど……」「じゃあ、いいやん! あ、レンレンとは、いつもどこで合流するん?」穂香は、穴織をまじまじと見つめた。「どしたん?」大きく息を吐きながら、穂香は胸をなで下ろす。「そっか……。穴織くんは、3人で登校するつもりだったんだね……」「え?」「おかしいと思ってたんだよ」いくら『敵かも?』と疑われているとしても、いきなり2人きりで登校しようなんて攻めすぎている。(私とレンと穴織くんで登校するつもりだったから、あんなに強引だったんだ)穂香が「今日は、レンいないよ」と伝えると、穴織は「え? なんで?」と驚いている。「私が、穴織くんに誘われたってレンに言ったから、レンが勘違いして気を利かせてくれたんじゃない?」「気を利かせるって?」「その、デ、デート的な? 2人きりで登校したいって勘違いしたってことだね、たぶん?」誤魔化しながら伝えると、穴織の顔がカァと赤くなった。「あ、ちがっ!」「大丈夫、大丈夫。私は勘違いしていないし、ちゃんと分かっているから」「そ、そうなん? でも、レンレンは勘違いしてんねんな? なんか、ごめんっ!」「別にいいよ」 穴織は、申し訳なさそうな顔をしている。「だって、自分ら、めっちゃ仲良いやん? 俺が邪魔してレンレ